社会保障の「解」~日本の山をハゲタカから守れ!究極の住宅:天然住宅
今回は住宅の問題点を解く第2弾。前回の投稿では「人はなぜ住宅メーカーに人生を差し出すのか?」というテーマで住宅・不動産業界の問題に深く斬り込んだ。住宅購入のために組ませる多額のローンの返済が家計をしばりつけ、生計維持者本人の職業選択の自由を奪い、家族の楽しみや子女教育、また本来やらなければならない自己能力開発等の機会を奪うことに貢献していることを述べた。しかも大金を叩いて買ったハズの住宅が10~20年で増改築を強い、法定耐用年数が300年という海外に比し我が国は30年。売却するときも二束三文という国家と業界をあげた詐欺行為と言ってもいいだろう。
そんな業界の悪循環からか、今、日本の山々が危機に瀕している。
実は日本の山々が中国系などの外資に買い漁られているという情報を友人から聞いた。
世界の戦争紛争は「石油」「ガス」「パイプライン」「鉱物」「水」を巡って起こっており、現在、世界中の天然資源を手中に収めようという中国系が豊かな水を湛えた日本の山に手を伸ばしていても不思議は無いといえるだろう。それがどうした?といわれる方もいるかも知れない。しかしこの問題がいかに我々の生活を脅かすかは、買い占められてから気付いたのでは遅いのである。
いうまでもなく、我々の命の源は水である。身体の70%は水であり、食料も入浴も洗濯も水が無ければ何も出来ないのである。その水を生み出す源が山である。水は山から供給されるのである。その命の源泉を押さえられてしまったら?また源泉で水を独占されたり、水を汚染させるような行為がなされた場合、我々はいとも簡単に命の供給源を断たれ、山の所有者にひれ伏して水を恵んでもらわなければならなくなる。例えて言うならオセロゲームで、ぐるり四辺を押さえられた状態であろう。憶測ではあるが、ますます希少性を増す水を巡る世界、秀逸な日本の水を世界中に高価格で売りさばき、下流への供給を逼迫させ価格を高騰させる。さらには日本の誇る木材を乱伐し一儲けした上で、むしり取るものがなくなった時点でバイバイする目算だろう。私たちは命の源まで売りさばくのか?しかしそうならざるを得ない状況を生んでしまう原因の一端が実は、住宅業界のアンフェアな取引にあるのである。
住宅価格はメーカーが決める。メーカーが自社の利益を見込んだ上で下請けに工賃と材料の価格を言い伝える。いわば言い値だ。そこに工務店や商社が介在してくるから林業は末端となる。
想像してもらえばわかると思うが、林業はキツイ・キタナイ・キケンの3K労働などとよばれている。人材の確保もままならないまま言い値で木材を供給するよう指示されるのである。林業側が出荷を強要されるとどうなるか?前回(第19回)の投稿でも述べたが、多くの水分を含んだ木材に80~120度の熱風を浴びせ、見かけ上、乾いたように見せかけて出荷してしまうのである。考えてみて欲しい。木は80度~120度という温度は経験したことがない。自然界にない温度だからだ。当然、酵素は死に、シロアリの嫌う油や養分が飛び、細胞も死ぬ。木は人間と似た性質を持った生き物であり、かつ人間より前から地球上に存在する地球上での先駆者である。その木に敬意を払うことなく物質的に都合の良いように取り扱おうとしたところでそう思い通りにはならない。こうして作られた住宅に木材の反りによるキシミ、腐敗による強度の低下、シロアリの餌食などの状況が襲いかかるのである。
おまけに山はというと、出荷するために切った木の切りカスが山積みされていたり、間伐もままならないばかりか、間伐した木が放置されていたり手入れの行き届かない状態となる。こうした状況は森の生態系に影響を及ぼしてしまう。
商業主義のために植林されるのは成長の早い杉の木だ。成長が早いばかりか生命力も強く、森を死の森にしてしまう。杉は背が高く高い位置で枝葉を伸ばすため、太陽の光が地面まで届かず、背の低いどんぐりの木や、地面に生えるコケなどが生育しなくなる。そうすると森での食料を失ってしまった熊やサルやイノシシなどが人の住む区域まで降りてきてしまうこととなる。昨今の動物とのいさかいは実はこんなところに原因がある。こうしたさまざまな問題の原因は山を守ってくれる方々の経済的困窮の問題、人材不足の問題にある。しかしその大元の原因は住宅業界によるアンフェアな取引によるものであることをもっと我々は認識する必要があるのではないだろうか。
こうした状況を打破しようと山に正当な対価を払おうというビジネスモデルを創った企業がある。前回も紹介した天然住宅(一般社団法人)だ。
この企業が成し遂げた優れたビジネスモデルはいくつかあるが、特筆すべきは山に正当な対価を払うことを目指した、山とのフェアトレードを進めている点である。


http://tennen.org/tennen/index.html
このような事業を非営利でやろうというところが特徴だ。非営利であるからこそ余計なしがらみに左右されることなく、本当に顧客が求めるもののために使うべきものを使い、払うべきところに払っていけるのだ。こういうとそんな巨大資本や確立されたブランドもない企業で何十年・何百年もメンテナンスしていけるのか?と言う人がいるだろう。私に言わせればそれは旧来型の考えだ。新しい時代の企業は顧客とともに会社を支えていくのだ。お客様は神様だ!と言いながら裏では暴利をむさぼっているのが現状の営利企業の現実だ。そう言わないと顧客が逃げる何かを持っているからだ。これからの企業は供給者(企業)と消費者が対等であり、共にWIN-WINとなるように協調してより良いものを創っていくことが主流になるだろう。私が終始一貫提唱している第三の道である。天然住宅の成功が日本の住宅業界の在り方を根本的に変え、山が救われること。さらにはこうした企業が先駆者として日本の企業の在り方を勝ち(供給者)/負け(消費者)、から、勝ち/勝ち、というパラダイムに移行するきっかけとなることを切に願いたい。
さて、まとめに入る。
多くのものがそうであるが、安いもの、みんながそうしているからといってよく考えずにモノを買っていると知らないうちに自らが自分たちの生活環境を破壊する加害者になっていることがある。今回の日本の山の問題は我々の生活の根源を守るものとして極めて重要なテーマとして取り上げた。
このような状況を引き起こしてしまう、私が考える問題点である商業主義(コマーシャリズム)の前提は3点ある。
① 良いものは必ずコストの壁にぶつかって普及していない。よって広告をしているもの(広告費をかけているもの)は必ず利害関係者や自然環境になんらかの犠牲を強いた上で成り立っているものだ。
② 広告を打つということは、何らかの問題点を隠すためである。もし本当にいいものだったら顧客の方から買いに来るはずだし、口コミでひろがっていくはずだ。
③ 会社という組織が株主のものである以上、利益を確保せざるを得なくなる。当たり前に信じられていることであるが、これが決して顧客志向にならない原因である。(ある精神学者が企業を個人の人格にあてはめてみると偏執狂であるということ)
これらが資本の論理、資本とはお金であるから銀行家優位の論理である。もう既にこうした資本主義が持続可能ではないことのほころびは至る所に拡がっている。
今回のテーマに照らすなら、①住宅メーカーは山に負担を押し付け、②住宅メーカーは20年しかもたない住宅をテレビCMやきらびやかなモデルルームで覆い隠し、押し売りセールスで社会悪を拡大させ、③住宅メーカーは顧客不在の経営を続けている。
これは株主様に投資の見返りを献上するという資本主義そのもののシステムの歪みである以上、これらのものに期待しても無理というものであるということだ。
よって新しいビジネスモデル、NPOのような会員(顧客)とともに創り上げていけるようなモデル、紹介した天然住宅のようなポスト資本主義社会に即したモデルが次々と誕生したら社会は必ず良い方向へ向かうものと信じる。
日本の山のみでなくすべての循環が自然の営みのなかで成り立っていけるような社会が創られていくようになることを切に願う。

田辺祐晟 (たなべ・ゆうせい) 社会起業家 NPO法人社会保障研究所代表1969年生まれ。同志社大学卒業後、損害保険業12年間、生命保険業4年間で、法人・個人など数千件のフィナンシャルコンサルティングを経験。 2008年3月ビジネス・ブレークスルー大学院にてMBAを取得。同時に社会起業家として活動を開始。社会保障の在り方の視点から現在の資本主義、正確には「貨幣制度」の在り方に問題提起をしている。



