田辺祐晟の「社会保障から見る資本主義・貨幣制度」

「議論百出の社会保障改善案に待ったをかける!社会保障ブログ」

社会保障の「解」~戦争をされては元も子もない!軍事産業駆除のススメ

国民総幸福(Gross National Happiness)の最大の障害が戦争である。現在もなお世界中の各地で戦争が行われているが、戦争を知らない大半の世代にはピンとこないのではなかろうか。戦争がなぜなくならないのか?民族の領土を巡る対立?信仰上の聖地を巡る対立?
民主主義(正義)を守るため?テロリストの撲滅?etc・・・私に言わせれば全て目晦ましだ。戦争には戦争をしなければ困る連中(軍事産業および国際金融資本家)が暗躍しているからである。

ちょうど1年位前だろうか、映画「夕凪の町 桜の国」(こうの史代・双葉文庫)を偶然観る機会に恵まれた。広島を題材にした原爆投下後の親子二代にわたる被爆の影響を綴った名作である。私は広島県出身であり、原爆で叔父を亡くしていることから原爆・平和にはただならぬ想いがある。この映画には原爆資料館に展示されているような、思わず目を背けたくなるような地獄絵図は全く出てこない。しかし本の副題にある「読後、まだ名前のついていない感情が、あなたの心の深いところを突き刺します」という副題そのものの感情が私を包んだまま離れなくなった。そして原作を読み、さらに平和への想いを新たにしたのである。良質な情報との出会いはその人の人生を根本から変えてしまうことがある、と言われるが、私にとってはこの映画との出会いは社会保障研究家=国民総幸福を目指す私にとって平和とは遠い過去に忘れ去られたものではなく国民総幸福の根幹をなす、あまりにも重要なテーマであることに立ち帰らせてくれた。

そして今年も東京平和映画祭(第6回)が開催される。6月12日(金)・13日(土)・14日(日)だ。今年は私もNPO法人・社会保障研究所(設立認証申請中)としてスポンサーシップしている。会社勤務の方でも参加しやすいように12日(金)は14:00開場~21:35までとなっている。お奨めは13日(土)9:30開場~21:10終了である。このBlogのテーマであるお金・経済の題材もたっぷり上映される。13日を観ていただければ、なぜ戦争がなくならないのか?冒頭で述べたこともお解かりいただけるだろう。料金も2日目券が3,000円である。驚くことなかれ『7本!』でこの料金である。全部見るもよし、午前中のみ、あるいは午後のみ、等々お忙しいところを調整されるのもいいだろう。当日券はないので下記のURLから事前お申し込みが必要である(会員登録が必要)。
http://www.peacefilm.net/test/Film_Festival/pg58.html
※備考欄にこのBlogを観てお申し込みをされたとしたら、その旨お書き下さい。ディスカウントは出来ませんが、私からお礼状は書かせていただきます。

さて本題に入る。今回は社会保障以前に私たちの生存権の根幹を揺るがしかねない「戦争」について共に考えてみたいと思う。次のチャートを見ていただきたい。

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戦争が「人災」であることに疑う余地はないだろう。米国が911というでっち上げの内部犯行(Inside Job)の報復という名目でけしかけたアフガンとイラクで多くの方が犠牲になっているが、上記の写真にあるように犠牲者の多くは子ども達である。私は自分のなかにある良心に問いかけたい。もしかしたら、ちょっとした運命に行き違いがあったら自分の子どもだったかもしれない子ども達が今も世界中で負傷を負い、痛みに苦しみ、親や兄弟を失い、心の傷と闘っているのである。子を持つ親としてこの問題に目を背けていられるだろうか?

しかしこれは本当に他の国のことで、我が国には起こりえないことなのであろうか?
「NO!」といえる論拠とファクト(事実)が欲しい。残念ながら私に言わせれば我が国でも起こってもまったく不思議のないことと思わざるを得ない。
ブッシュ大統領が悪の枢軸と呼んだイラク・イラン・北朝鮮には訳がある。悪役がいないと正義が成り立たないからだ。イラクがブッシュの願望叶って大量破壊兵器など無いのに侵略に成功した。そして米ドル基軸通貨の地位と石油利権を確保したことは記憶に新しい。イランは2007年4月4日、英兵捕虜を無傷で解放することによって米国の開戦の芽をへし折ったことは記憶されているだろうか?これは「かみつき作戦」(Operation Bite)」というコードネームで3月下旬、ロシアの通信社が軍事専門家の話としてアメリカが現地時間4月6日午前4時から12時間のイラン空爆を挙行する予定だという話を流した。つまり開戦の大義名分作りとして英兵を捕獲させたということである。
そして北朝鮮。度重なるテポドンによる挑発は偶然であろうか?冷静に考えてみて欲しい。自分が軍事産業のCEOだったら。アフガンやイラク戦争のために抱えてしまった武器・弾薬の在庫一層がしたいものである。株主のため、社員を食わしていくため、といった利害関係者の利益のために魂まで腐り切っているのが軍事産業であることに反論する人はまさかおるまい。それを正当化する土壌が資本主義社会である。
そう、北朝鮮の我が国への挑発は極東戦争への引き金として米国が北を裏支配させて行わせている“やらせ”と考えることもできるのではなかろうか。そういえば小泉以来の首相が2人変な辞めかたをしていることも偶然だろうか?もしかしたら彼らは開戦に反対した良心のかけらくらいは残った人だったかもしれない、そういった見方をしてみると違った視点で社会が見えてくるだろう。

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戦争中毒公式HP: http://atw.globalpeace.jp/
米国が財政破綻?当たり前だろう。米国政府の自由裁量予算(連邦政府の予算の総額から国債関係費を差し引いたもの)の「50.5%(2002年度)」は軍事費に使われているのである。
自国兵と開戦相手国の人民を殺戮するために国家予算の50%を費やすことを意思決定する政治家に良心のカケラでもあると思われるだろうか?百歩譲って彼らこそマペット・パペットだとしても彼らを支配する軍事産業やその軍事産業を支配する国際金融資本家には良心のカケラもないであろう。むしろ、我々大衆のことを「ムダ飯喰い(Useless Eaters)」などと呼んで人口削減しようとして戦争を画策したり、ウイルスをばら撒いているのではないだろうか?社会保障などよりもまず、彼らを社会から駆除することである。そのためにはまず我々がその事実から目をそらさず、知ることから始めるのである。

そんな33代米大統領:トルーマン(1884-1972)がシークレット・ガバメント(闇の政府)と呼んだ世界を動かす闇の権力者達の動きを弱体化させることなんてとてもできないだろう?なんて思っている方もおられると思うが、そんなことはない。我々の“想い”や“創意”が社会を変えて行けるのだ。
一つのアイデアを紹介しよう。彼らの弱みとして“お金”が無ければ戦争は出来ない。
なぜ彼らが強大な権力を持つに至ったかと言えば、産業革命以降、お金が無ければ武器弾薬・傭兵の獲得が出来ない社会になったが、それでも国土を拡大したい国王に金庫番として取り入ったのが、長い間、特にキリスト教圏では卑近な商売といわれた金融業を行っていたユダヤ金融資本家達だ。それ以来彼らが戦争を画策してきたといっても過言ではない。戦争当事国双方に貸付をして、どちらが勝っても漁夫の利を得るのは彼らだったからだ。武器弾薬・戦闘機・戦車・死体をカウントするコンピューター・戦争賠償金etc・・・つまり我々は彼らを儲けさせるためにメディアなどを通じて敵意を煽られ、人殺しの片棒を担がされているのである。

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例えば、保険会社の決算書(バランスシート)を見ていただきたい。資産の部に載っている内の約90%は公社債(国債・地方債・社債)である。つまり保険業の正体は国債である。
国債を買わせるために政府は護送船団という手厚い庇護のもと、規制対象業種として諸外国よりも割高な保険料や死差益という諸外国ではありえない利益を認めてきた。われわれの納めた保険料は円建ての場合はダイレクトに日本国債、または迂回して米国債に化けているのである。米国ドル建てなら直接、米国財政を支援していることとなる。
この年間50兆円近いお金を止めるだけで、日本政府も米国政府も限りなく窒息死に近い状態になるだろう。
また外貨預金や国債・米国債の購入もやめる方が懸命だろう。彼らの財務内容は破綻どころのレベルではなく、新通貨導入や通貨の切下げ(デノミネーション)の機会を伺っている段階である。自分のためにも戦争をさせないためにもお金の流れを変えていただきたいと願う。

まとめに入る。
社会保障を取り巻く問題など戦争で失ってしまう自分や家族の命に比べたら何とでも仕様がある問題に思えてくるが、その戦争も私たちが一翼を担わされていることを忘れてはならない、と感じる。特に我が国は原発という原爆何十発に相当する地雷を抱えさせられている。戦争など起こさなくともグリーンベレー(米国特殊部隊)の傭兵一人が海から上陸しご丁寧にも海岸沿いにある原発にバズーカ砲を一発発射するだけで死者はおろか、向こう何千年も住めない土地となってしまう、恐ろしい刃物を突きつけられている状態である。
だからこそ、知ることである。だからこそお金の流れを変えることである。
広島・長崎の犠牲者の死や苦悩をムダにしないよう、今、思考を変え、出来ることから始めることが求められているように思うが、皆さんはいかがだろうか。
是非、東京平和映画祭(6/12-14)でお会い出来たら幸いである。

プロフィール

田辺祐晟 (たなべ・ゆうせい) 社会起業家 NPO法人社会保障研究所代表1969年生まれ。同志社大学卒業後、損害保険業12年間、生命保険業4年間で、法人・個人など数千件のフィナンシャルコンサルティングを経験。 2008年3月ビジネス・ブレークスルー大学院にてMBAを取得。同時に社会起業家として活動を開始。社会保障の在り方の視点から現在の資本主義、正確には「貨幣制度」の在り方に問題提起をしている。

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