世界大恐慌~1930年代の経済政策に何を学ぶか(2)
ヒトラーはひたすら軍拡、100ヶ月住宅ローン金利タダを実施
欧州列強諸国の緊張関係をテコに、フランス、イタリヤとも軍拡を進めて雇用を拡大し、失業者を救済する行動をとった面もある。それを大々的にやったのはドイツのヒトラーである。巷にあふれる失業者を救済するには軍拡が手っ取り早いのだが、当時のヒトラーの閣僚の一部には、「軍拡だけで財政が破綻し、ヒトラー政権はいずれ持たないと思っていた」、という証言が残っているほどである。
ドイツでは、第一次世界大戦で男性が軍人として戦線に派遣され、女性がその穴埋めとして職場で働いた。第一次世界大戦後は、男性が失業者となり、女性が職場でそのまま働くケースが少なくなった。そうしたケースの夫婦では、女性(奥さん)が家庭に戻り、その代わりに男性(亭主)が奥さんの働いていた職場などで働くことを国家的に奨励した。
奨励策として、夫婦が職場と家庭に入れ替わった場合、その家庭の住宅ローン金利を100ヶ月(8年3ヶ月)間タダにした。かくしてドイツでは、女性が職場から消えることになった。ヒトラーとしては、第一次世界大戦が、銃後の不満・反乱から敗戦を迎えたという思いが強く、女性を職場から家庭に戻し、ドイツ人一般に残業をさせないようすらしている。「ドイツ人は一等国民だから残業はさせない」、という理屈で説明をしている。
当時の軍需相であるアルベルト・シュペイヤーなどは第二次世界大戦後にアメリカ戦略爆撃調査団に対して、「我々はアメリカのニュース映画で、アメリカの女性が飛行機、戦車などの生産ラインに立っているのを見て涙を流した。我々はドイツ女性を生産ラインに立たせることができなかった。我々は総力戦の体制を取れなかった」と証言している。「ドイツは総力戦をしたくてもできなかった」というわけである。
日本のいまの政治家は、ときどき政府のスポークスマンの官房長官などが、「ヒトラーのように国民を口先や言葉だけで扇動することなどできませんよ」、ということを記者会見で軽々に発言することがないではない。
しかし、これは大きな認識不足であり、ファシストほど民衆の支持を得ることに全力を尽くしていることを知るべきである。ドイツ国民のみならず、どの国民も民政や経済政策で動くのであり、いつの時代でも扇動や口先だけでは動かない。一時的であれ、ヒトラーへの民衆の陶酔があったのは、実利が提供されたことが大きいということを見逃してはならない。
ヒトラーは、アウトバーンなどの高速道路建設など土木工事も活発化させ、徹底した失業者対策を施したことも知られている。財政規律とか、財政破綻などの概念は、ヒトラーにはもとからなかったというしかない。需要拡大政策を推進しまくり、民衆の支持をひたすら獲得する政策を推進した。
昭和恐慌真っ只なかの日本も1931年に満州事変を起こして軍需経済に突入していった。当時の日本の基幹産業である綿紡績を中心とする繊維産業は、軍服や軍人用マント需要などで一時的に息を吹き返した。当時の第二次若槻禮次郎内閣は、満州事変を「結果よし」として曖昧なまま追認し、軍部暴走を取り締まり、処罰することをしなかった。いわば、軍部暴走を事実上認める禍根を残してしまうことになった。「統帥権」という問題があり政府の軍部統制が及ばなかった面があったにしても、シビリアン(政府・文民)が自ら軍部に対するコントロール(統制)を放棄したようなものである。
経済政策は30年代の大恐慌に深く学べ
いまサブプライムローンに端を発した世界的な金融・経済危機に際して、アメリカは7750億ドル(72兆円)の景気対策を打ち出している。2年間で3000億ドル(28兆円)の大幅減税も盛り込まれている。イギリス、ドイツ、フランスなども景気・雇用対策に従来に見られない規模の予算を組んでいる。中国にしても4兆元(56兆円)の国内基盤インフラ投資を中心にした内需拡大政策を公表している。
アメリカ、イギリスを筆頭に危機感に満ちた景気テコ入れ政策に踏み切っている。各国とも財政の一時的な大幅悪化には目をつぶって、なりふり構わぬ大判振る舞いである。
対する日本の麻生太郎内閣は、何らの実効性のある経済政策は打ち出せていない。麻生内閣の景気対策の目玉は、2兆円の定額給付金に尽きる。これが景気対策の「真水」の中核にほかならない。これが見えみえのばら撒きなのだが、評判はどこに聞いてもよいものではない。
1930年代の「世界大恐慌」など歴史認識に乏しい麻生内閣の致命的な弱点が露呈している感がある。底の浅い選挙対策と経済政策を混同したところに麻生内閣の浅知恵が見透かされる結果となっている。漫画しか読まないというユニーク性の悪い面、深い勉強をまったくしていない弱点が隠せなくなっているといえそうだ。

小倉正男(おぐら・まさお) 評論家 早稲田大学卒業後、71年東洋経済新報社入社、記者・編集者、企業情報部長、金融証券部長、編集局次長、名古屋支社長・中部経済倶楽部専務理事などを歴任。07年共同PR名古屋支社長。著書に「M&A資本主義」「倒れない経営」「トヨタとイトーヨーカ堂」「日本の時短革命」「第四次産業の衝撃」など多数。



