小倉正男の「続・M&A資本主義」

世界規模のM&Aに日本企業はどうやって立ち向かうのか

09年世界経済動向のカギを握るドル信任問題~ドルは持ちこたえられるか 

シャルル・ドゴールのゴールドウォー(金戦争) 

1960年代後半にシャルル・ドゴールのゴールドウォー(金戦争)というものがあったことを知っておられるだろうか。
この戦争は、当時のコールドウォー(冷戦)にひっかけたのだろうが、ゴールドウォーと呼ばれた。ドゴールの「金戦争」の相手・戦争当事国はほかならぬニクソン大統領のアメリカだった。ドゴールは、なんとアメリカと“戦争”したのである。

ドゴールは、第二次世界大戦時からアメリカに預けていたフランスの金を持ち帰らせることを宣言し、さらにフランスが保有するドル札と金との交換をアメリカに要求した。
その際、ドゴールは巡洋艦をアメリカに派遣し、フランスの金を取り戻しにいかせている。

1971年には、ドルと金の兌換停止、ドル通貨の切り下げという「ニクソン・ショック」が起こった。絶対的な基軸通貨だったドルが決定的な揺らぎを見せた。ドゴールが保有するドルと金を交換しろと迫った「金戦争=政治行動」は正しい「経済行為」だったことになる。

戦争で強くなり、戦争で衰退したドル 

ドルが世界の基軸通貨になっていったのは、第一次世界大戦、第二次世界大戦という戦争を経てのことである。
第一次世界大戦は、その当時、「欧州大戦(ヨーロピアンウォー)」といわれたようにイギリス、フランスとドイツの戦争の枠組みを持っている。アメリカは食料や軍需物資を欧州に供給し債権国になっていった。

第二次世界大戦では、アメリカは戦争の当事国だが、やはり食料、軍需物資を欧州連合国に供給している。強大な生産国だったということになる。アメリカ本土は、戦場にならなかったためである。

アメリカが食料品、物財とも世界に供給するということは、アメリカが「世界の穀倉地帯」で、かつ「世界の工場」であることを意味していた。アメリカのドルは、第一次世界大戦、第二次世界大戦という戦争をテコとして、世界の基軸通貨になっていった。

アメリカが食料品、物財を供給した見返りに、世界から金がアメリカに移動し、第二次世界大戦直後には、アメリカは世界の金の70%を保有するまでになっていった。

それだけではなく、フランスなど欧州各国は保有する金を、戦場となっていないアメリカ本土に預けていた。
欧州は戦場であり、自国に金を置けば、敵に奪われてしまう差し迫った危険があった。それがフランスを始め欧州諸国の金がアメリカに保管されていた背景にある。

ドゴールが巡洋艦をアメリカに派遣して、自国の金をものものしくフランスに輸送させたのは、そうした事情による。ニクソンとしては、基地や空母などから爆撃機を派遣してドゴールの巡洋艦に爆弾のひとつやふたつを嫌がらせで落としたかったのではないか。

ドルは価値を持ちこたえられるか  

「ニクソン・ショック」にいたったのは、ベトナム戦争によるアメリカの財政悪化があった。ベトナム戦争は、その前の朝鮮動乱に続いて“持ち出しだけの戦争”だった。そこが二度の世界大戦と異なるところである。
ベトナム戦争も、アメリカが戦場になったわけではないが、いわば“持ち出しばかりの戦争”にほかならなかった。

アメリカ国内の軍需産業は潤うにしても、ベトナム戦争は、あるいは一般的に戦争はというべきだが、究極の「財政出動」であり、蕩尽でしかない。
とりあえずドルを刷りまくるしかないから、アメリカに集中していた金はあっという間に流失し、ドルの金兌換は停止するしかなかった。

いまのアメリカによるアフガン、イラクの戦争も“持ち出しだけの戦争”である。アメリカが戦場になっていないのは同じだが、アメリカはすでに「世界の工場」の座を中国、日本、韓国などに譲っている。
「世界の穀倉地帯」は変わらないが、「世界の工場」から「世界最大の消費地」に変わっている。いま、ドル価値の信任問題に火がついているのは無理からぬところになる。

アメリカは、二度の世界大戦をテコに世界の覇権国に登り詰めた。だが、朝鮮動乱、ベトナム戦争、そしてアフガン、イラクの戦争の長期ドロ沼化、それに同時並行で勃発したサブプライムローンに端を発した金融危機で、世界を恐慌状態に陥れている。
アメリカは、「世界の工場」は放棄し、「世界の金融」を支配したが、それが火だるまとなっている。

二度の世界大戦後、世界の覇権国となったアメリカは、朝鮮、ベトナム、そしてアフガン、イラクといった戦争を経るたびに、通貨であるドルが信任問題に揺さぶられることになっている。アメリカにとっても、戦争は大きな重荷になっているということではないか。

ドルが、この先、なんとか価値を持ちこたえるか、持ちこたえられないか、私自身は必ずしも悲観論ではないのだが、2009年以降の世界経済はその重たい動向に決定的に依存している。

世界経済は「神の手」から「人の手」に移行~「市場原理主義」が消え、「ケインズ経済」一色に変貌

サブプライムローン破綻に端を発したアメリカ発の金融恐慌は、あっという間に、世界中を覆いつくしてしまった。世界は、いま、新たなる“大恐慌”の只中にいる。

世界を支配してきた「市場原理主義」という神の突然死

巨大な金融恐慌は、これまでの全能の神とされ、世界経済を席巻・支配してきた「市場原理主義」を直撃した。
いまという時点では、「市場原理主義」というアメリカがつくりあげた神は死んだに等しい状況になっている。

だが、世界のマネーを自国に還流させファイナンシャル・ビジネスで荒稼ぎをしてきたアメリカが、むざむざその巨利を生む魔法の杖を捨て去ることはありえない。
その魔法の杖とは、「市場原理主義」にほかならない。

アメリカはファイナンシャル・ビジネスでしか生き残る方法がない。すでにアメリカはモノづくりを放棄している。アメリカは時期を見ながら、生き残りを賭けて、じっくりと「市場原理主義」の蘇生を密かに図ることになる。

市場には神が宿る――。市場からあらゆる規制や政府介入を排除し、できる限り自由な市場にしていけば、神の見えざる手によって、経済は繁栄を遂げていく。「新自由主義」とも呼ばれているが、「市場原理主義」の信念、つまり確固たる考え方は、そうしたものだった。

リーマン・ショックを境に世界の金融市場は、100年に一度、あるいは1930年代の「世界大恐慌」に匹敵するといわれる大混乱に陥っている。
この大混乱は、金融だけではなく、自動車を筆頭に世界のあらゆる実体経済に広範囲かつ深刻な打撃をもたらしている。

しかも、金融、実体経済とも、どこでこの大津波を鎮めることができるのかのメドをいまだつけるにいたっていない。下手をすれば世界を底の見えない大不況に陥らせる可能性すら否定できない。

世界の救世主は「見える手」=財政出動に早変わりした

この新たな巨大な恐慌により、世界は一夜明けたら、「市場原理主義」から、政府の市場経済への介入に大転換を遂げてしまった。死んでいたはずのケインズ政策、すなわち「市場原理主義」の対極にある財政出動を伴う経済政策が一気に甦っている。

こんな大変化も100年に一度のことに違いない。まさに驚きの早変わりである。
グリーンスパン前FRB議長が、「銀行などが利益を追求すれば、結果的に株主や会社の資産が守られると思っていたが、間違いだった」と、「市場原理主義」の誤りをあまりにも率直に認めた。

グリーンスパンは、まぎれもなく「市場原理主義」の司祭であり、アメリカを1980年代のどん底から1990年代の“一人勝ちの経済”に導いた大立者である。
それは苦悩の告白であったに違いない。「市場原理主義」という神の死を司祭自らが認めた瞬間だった。

「市場原理主義」では、政府が人為的に市場経済に手を入れるなど、神の領域を侵す行為とされてきた。市場を自由放任にすれば、例外なしにすべてうまくいく、というのがグリーンスパンその人の信念だった。「市場原理主義」の立場からは、ケインズ経済など無神論・瀆神的な考え方扱いをされてきた。

ところが、世界を席巻した考え方・信念にほかならない「市場原理主義」が、まるで嘘のように吹き飛んでしまっている。世界の経済は、その救世主を、神の見えざる手から、人の見える手=財政出動に、急遽差し替えたのである。

規模を問わない、しかもそのうえ素早い見える手、「大型で迅速かつ持続的な財政出動が必要だ」、という発言がアメリカのポールソン財務長官、ルービン、サマーズの元財務長官などから相次いで打ち出されている。ウソだろ、といいたくなるが、それが現実である。

アメリカ“一人勝ち経済”のレバレッジはまさに「市場原理主義」だった

筋金入りの「市場原理主義」たちを宗旨替えさせたものは、アメリカを筆頭に直面している世界経済の危機の深刻さにほかならない。では、何故このような目も当てられない惨状をさらす羽目になったのか――。

アメリカにどん底から“一人勝ちの経済”という奇跡をもたらしたのはまぎれもなく「市場原理主義」だが、それは金融市場で最大の効果を発揮した。アメリカは、自動車などのモノづくりをあきらめ、金融工学を駆使したフィナンシャル・ビジネスに活路を求めた。

富裕層ではない、つまり信用力が低い人々向けの住宅ローンであるサブプライムローンなどの金融商品の開発などがその典型にほかならない。サブプライムローンで住宅を購入し、当初の2年間はローンの支払いは軽減される。その間に住宅が値上がりすれば、担保・信用力が上がり、低金利のプライムローンに移行できる。

あくまで住宅価格が上がるということが前提条件だが、富裕層ではない人々にも住宅ローンをどんどん売ることができる。住宅価格が上がり続けていた時期はそれが実現できた。

ホームエクイティローンも、住宅価格が上がり、「空き担保」つまり担保力が増すと、その分を与信枠として新たに資金を借りられるというものだ。ホームエクイティローンで資金をさらに借り、自動車などのモノを購入して消費行動に走り、あるいは株式投資などを行うことができる。10年間、元本は手つかずで、金利のみしか払わないという新手のローンも組まれてきていた。

こうした金融商品が次々に開発され、金融マーケットをどんどん膨張させていった。徹底した「先食い経済」の暴走を促進していたわけである。

それでも、アメリカはそれをバブルではないと信じていた。アメリカには世界中から移民が押し寄せ、それが旺盛な住宅需要の源泉となっている。住宅価格は、「収益還元法」、つまり家賃収入を基準にした利回りで決定されており、合理的なものだ。住宅ローンは小口に証券化され、リスクは分散される。デリバティブなど金融工学の高度化で、アメリカはバブルとは永遠に無縁の経済を実現したと思い込んでいた。

そのうえ、ブッシュ大統領のアメリカは大幅減税とアフガニスタン、イラクでの戦争を同時並行で行ってきている。「市場原理主義」に名を借りているが、その実、需要拡大という面では目一杯「ケインズ経済政策」を行ってきているといえるだろう。皮肉なことに、アメリカがケインズ政策を必要としなかったのはケインズ政策以上のことをしていたためだった。
 
景気のアクセルを吹かしまくり、「先食い経済」に歯止めをかけることはまったくなかった。いわば、「市場原理主義」の暴走が、いまの二度目の“世界大恐慌”という深刻で惨めな事態を招いている。

「市場原理主義」の密かな蘇生こそ追い込まれたアメリカの最終兵器

アメリカは「市場原理主義」に懲りただろうか。まったく懲りていないというのが結論だ。アメリカは「金融帝国」として生き残るしか手がない。我慢強く時期を待たなければならないが、反攻のときは来るとみているはずだ。そのとき、アメリカの最終兵器になるのが、あの「市場原理主義」である。

アメリカの“一人勝ち”の経済構造は、アメリカの「金融帝国」化で実現されてきた。日本、中国などは、円、元の自国通貨をドルに対して安い水準に保ち、モノをアメリカに輸出する。世界最大の消費マーケットであるアメリカでドルを稼ぐ。その代わりに、ドル高にして日本、中国などが稼いだドルを、ドル債購入などの格好でアメリカに還流させる。

アメリカの金融市場は「市場原理主義」で極限まで自由化が施され、アメリカは金融という利益を貪れる分野で心おきなく大稼ぎを行う。  
アメリカは、毎年、7000億ドル台という巨額の経常収支赤字をタレ流しているが、それはとりもなおさず、アメリカの過剰消費の産物だ。日本などは、アメリカという他人の懐に頼った外需に過度に依存し、唯一、トヨタ自動車やトヨタグループ各社を太らせるのみの経済に走った。

しかし、いまはその枠組みが崩壊した。アメリカの「金融帝国」という構造も崩壊し、日本の「輸出(外需)依存経済」構造も同時に崩壊している。まるごと共倒れの状態だ。

その点では、アメリカ、日本の政府当局の利害は“一致”している。もとのアメリカの“一人勝ち”経済構造に世界を戻す。アメリカとしては、「金融帝国」の座を再び構築するしかサバイバルの手立てがない。アメリカはそこまで追い込まれている。アメリカとしては、「市場原理主義」という最終兵器を格納庫に深く隠し、生き返らせる時期をじっと息を殺して伺うことになる。2009年以降の世界経済の行方はそこが焦点となるだろう。

プロフィール

小倉正男(おぐら・まさお) 評論家 早稲田大学卒業後、71年東洋経済新報社入社、記者・編集者、企業情報部長、金融証券部長、編集局次長、名古屋支社長・中部経済倶楽部専務理事などを歴任。07年共同PR名古屋支社長。著書に「M&A資本主義」「倒れない経営」「トヨタとイトーヨーカ堂」「日本の時短革命」「第四次産業の衝撃」など多数。

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