小倉正男の「続・M&A資本主義」

世界規模のM&Aに日本企業はどうやって立ち向かうのか

人類史上最大の債務国・アメリカのサブプライムローン恐慌との格闘

戦争にも恐慌にも公的資金――双子の公的資金

さてさてアメリカ資本主義である。
リーマン・ブラザーズは市場原理に任せて破綻させた。2日後には、AIGは公的資金を融資するという形で、公的救済を行った。形はどうあれAIGは、事実上の「国有化」による救済にほかならない。それって、典型的なダブルスタンダード、つまりエコヒイキな「選択的救済」ではないのか。

リーマンは一顧すらせず、AIGは救済、――事実はそうだが、それは理屈がすっきりとは通らない。
――二人の女性が海で溺れかけている。一人のライフセイバーは二人を救うのは無理だから、大きい女性のほうを助けたということになりそうだ。

当局は、どう説明するのか。株式と保険の違い、破綻による影響度の違い、など理屈は後から付いてくるのだろう。だが、クリアに説明するのは困難であるに違いない。事実は理屈を超えている――。理屈や整合性は関係ない、そう考えろ、と言われれば、恐れ入りますと引き下がるしかない。

AIG救済では、とりあえず、個人の保険が吹き飛ぶという事態は避けられ、私の周りの人たち、知り合いの企業経営者なども、よかった、よかった、という声が多かった。
しかし、NY株価は戻したり落下したり、いわゆる乱高下――。
AIGを助けるなら、リーマンも助けろ、という声ももちろん上がった。あるいは、運がない、運がある、ということか、という解釈も出た。日本でも山一證券は破綻したが、大和証券は生き残った、と。

さらには、空売り規制、不良資産買取り機関の創設、貯蓄性の高い投資信託MMF保護とアメリカは公的資金の大判振る舞いに向かうことを明らかにした。こうなれば戦費だけではなく、恐慌にも躊躇なく公的資金を入れるということになる。双子の公的資金出動になる。これでは、いずれにせよ戦争どころではないのではないか。

もたらされる結果がすべて、理屈より行動で説明する

日本だったら、その大判振る舞いの財源はどうするのか、という論議が必ず出るような動きである。消費税を上げろ、ということになる。日本では、そうした議論をする人は頭がよいように見えるという評価がなされがちである。
日本では、百の議論をして理屈を言い合い、何も行動しない。先送りして棚上げするという“行動”になる。

アメリカは、そんな理屈は誰かが考えればよい。いまは大恐慌以来の危機を打開することが先決だ。ソロバン勘定や百の評論より、ひとつの行動が危機を打開する。当局は行動を優先し、行動で説明するというスタイルを取っている。もたらされる結果がすべてだというビヘイビァになる。

1930年代の大恐慌時代、アメリカのルーズベルト大統領は、銀行から借金をした農民に公的資金で低利融資を行った。

農民は、第一次世界大戦の好景気時に、銀行からおカネを借りて、農地を買って拡大し、トラクターなどの新鋭機械を買った。設備投資を行ったわけである
第一次世界大戦(当時は第二次世界大戦の前だから、欧州大戦・ヨーロピアンウォーと呼ばれた)が終わったら、欧州への農産物輸出が急低迷し、投資した設備が過剰になってしまった。農作物はダブつき不況に陥った。銀行におカネを返せない。ルーズベルトは、農民に低利融資を行い、高金利の銀行借入金を返済させた。

今回は個人の住宅投資が過大だったことが恐慌の発端である。果たして、そこにまで手を入れるのか。

いまアメリカが衰亡したら・・・

わかっていることはアメリカが世界最大というか、人類の歴史上最大の債務国であることだ。アメリカもこの先いずれは衰亡のときを迎えるのだろうが、いまがそのときでは世界が困る。

世界はアメリカに債権を持っている。衰亡されたら、ドルを含めて、それこそ不良債権の山になる。史上最大の恐慌が引き起こされる。共倒れになる。こうなったら、アメリカの必死のサブプライムローン恐慌叩きを応援するしかないのではないか。

日本の銀行や有力企業もようやく「アメリカ買い」に蠢き出しているという情報もある。今度はかつてのような「ジャパンプライス」による高値買いではないということだ。いまはアメリカ企業を叩いて買うことが、最大の支援ということになる。

もっとも、アメリカの苦難の支援ということで下手な企業を買ったりすると、自社株が下がり、株主代表訴訟を引き起こされるリスクを抱えることもあるということだ。永田町でだらだらと自民党総裁選をやっていたり、民主党の代表選びをやっているうちにも世界は猛スピードで動いている。今週もまた何が起こることやら、・・・である。

バンカメ・メリル買収~アメリカは民間銀行に公的資金注入=国有化などしない

バンカメ・メリル買収・再編成=アメリカはともあれ恐慌と格闘している

さて、アメリカ資本主義は、住宅公社危機問題に続いてリーマン・ブラザーズの大幅株安、そして破産申請と相当に厳しい局面が連続している。

恐慌で経営破綻に陥った投資銀行などが安く買い叩かれるのはいつものパターンである。19世紀末には、ベアリング・ブラザーズが破綻し、「ベアリング恐慌」という金融会社名の冠のついた金融恐慌があったほどである。ちなみに、ベアリング・ブラザーズは、アジア通貨危機でもまた破産している。よくよく何度も破産する投資銀行である。

ところで、アメリカだが、政府があえて民間に口出しして、救済買収企業を斡旋する局面となっていた。バンク・オブ・アメリカ、あるいは英バークレイズがリーマンを買収するとみられていたわけである。
だが、土壇場で、なんとこの話は吹き飛んだ。アメリカ政府は、住宅公社危機問題とは異なり、買い手企業とリーマンが望んだ公的支援・公的資金注入は行わないという原理原則を貫いた。

マーケット=民間のことはマーケット=民間のカネで行えというわけである。リーマンはついに破産法申請に追い込まれることになった。そうそう日本だったら、もう何も考えず公的資金=国民の税金注入で、さっさと得意の「国有化」に踏み切っていたところだったのではないか。

企業は自分で考え行動して生き残れという原理原則を示した

危機の連続、危険な綱渡り、あるいは危険なジェットコースターに乗っているような事態が続いている。

その危機のなかで、バンク・オブ・アメリカがメリルリンチを買収する動きが明らかになった。バンカメはリーマンを袖にし、メリルに資本を入れるオプションを取る方向を明らかにした。危機を背景に、それをバネにするように、ドラスティックな業界再編成が過激に促進されている。

この動きは、世界規模の大型金融業界再編成に波及していく。 何故なら、日本のように政府が公的資金、つまり国民の税金で金融会社を救済することはない。アメリカは、その原理原則を世界に明確に示した。天、自ら助けるものを助く、――民間の金融企業は、ともかく自分で考えて行動して、自分で生き残るしかない。
日本のように他人任せ、国民の税金任せの公的救済はありえない。それが示されたのだ。

日本の不動産バブル崩壊でいえば、北海道拓殖銀行、山一證券の破綻あたりのステージか。あるいは、超楽観論でいえば、UFJ銀行の吸収合併あたりか。堅く見れば前者だろうが、このスピードならば、前者の段階はもうとっくに過ぎたかもしれない。

アメリカの動きは早い。アメリカはともあれ動いている。バブル崩壊から1年もたたないうちにリーマン・ブラザーズの破産、バンカメのメリル買収にまで至っている。すったもんだしながらも、ともあれ巨大なバブル崩壊=恐慌と格闘している。
どうあれ、日本が不動産バブル崩壊後、長らく無為に方向感のない時期を過ごしたのとは、かなり違っている感がある。

アメリカは80年代の最悪期に「誕生権経済」に動いた

アメリカも、産軍複合体ではないが、平和経済を捨て戦争経済に突入し、愚かなことをしたものである。麻薬中毒みたいな戦争経済は永続きできない。早く平和経済に戻るべきだ。

アメリカが、ロックフェラーセンタービル、コロンビアピクチャーズなどを日本企業に次々に売却した最悪期の1980年代にレーガン大統領は、「誕生権経済」をスタートさせ、スモールビジネス育成に資金を投入させた。あるいは、有望なスモールビジネスに大幅減税を行い、特別支援を行った。
悪いときに必死に動き、新しい企業の育成に努力したわけである。

そこからいまのマイクロソフト、ヤフー、グーグルなどが続々と出てきた。1990年代のアメリカの奇跡の復活は、1980年代の種まきが実ったことによる。苦難の時期にどう動くかで、次の時代がつくられる。
しかし、その繁栄の配当を食ってしまったのが、共和党のいまの不詳の後輩たちである。

ただし、アメリカは資本主義の競争原理、つまり企業が生まれてくる権利と死ぬ権利(=倒産・M&Aされる権利)、新陳代謝するシステムがまだ機能している。この新陳代謝するシステムは、中期的に、つまりサブプライムローン恐慌を経て、アメリカを再生するテコの作用をもたらすのではないか。

悪いときに動くにはいくばくかの歴史観、理念が必要だ

問題は日本だ。悪いときに動きが取れないでいる。動くには、いくばくかの歴史観や多少の理念が必要になる。それがないのだから、動きようもないという感じだろうか。それに肝心の新陳代謝のシステムがない。

結局、そうしたことのツケなのだが、悪いことに、アメリカのようにグーグル、アップル、インテルといった世界市場を牽引する企業が見当たらない。日本では、「誕生権経済」(バースライト・エコノミー)という言葉さえ話されることもない。六本木ヒルズなどを見ても、ろくに新しい企業も育っていない。

アメリカで「誕生権経済」が苦難のうちに進められていた頃は、日本は不動産バブルの真っ最中だった。アメリカの不動産、企業をワッセワッセと高値(=ジャパンプライス)で買収している時期だった。このジャパンプライスのよる高値買収が、アメリカの再生・復興資金になっていった面がある。

新陳代謝がなければ、幅を利かすのは、旧来型の企業ばかりである。政治も旧来型、経済も旧来型では、世界からおカネや人が集まってこない。通り抜け、パッシングである。
「日本の企業の株式時価総額は安いですね、不動産も安いですね、なんでも安いですね――」、それでお仕舞いである。
これでは悲しいことだが、「平成恐慌」、あるいは「平成停滞」の暗黒に甘んじるしかないのではないか。

プロフィール

小倉正男(おぐら・まさお) 評論家 早稲田大学卒業後、71年東洋経済新報社入社、記者・編集者、企業情報部長、金融証券部長、編集局次長、名古屋支社長・中部経済倶楽部専務理事などを歴任。07年共同PR名古屋支社長。著書に「M&A資本主義」「倒れない経営」「トヨタとイトーヨーカ堂」「日本の時短革命」「第四次産業の衝撃」など多数。

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