小倉正男の「続・M&A資本主義」

世界規模のM&Aに日本企業はどうやって立ち向かうのか

「座」の経済――日本の資本主義は「同業者組合資本主義」だ

競争がなければ経済は繁栄・拡大しない

日本の資本主義は、本気の競争をしていない面がある。鉄鋼でも自動車でもなんでも、どのような業界であれ、ライバル企業を打倒する、あるいはM&Aで呑み込む、というような激しさはほとんどない。

その昔、友人のトーマス・カピエロというイタリア系アメリカ人が、こう語ったものである。

「日本の企業は、少なくとも日本国内では競争しませんね。アメリカなど海外では、日本企業も競争します。でも、国内では競争はまったくしないですね」

日本の資本主義は、「国内では、寸止め資本主義で競争はしていない」と教えてくれたわけである。日本人の目には、そうした資本主義に慣らされ、不思議には見えない。ところが、アメリカ人から見ると、日本の資本主義は、「不思議な資本主義」になる。

わかりやすい話が、日本のプロ野球である。いま、プロ野球のパリーグは、福岡、千葉、仙台、札幌にマーケットを広げ、観客動員数を大きく伸ばしている。

これなら、秋田、福島、金沢、鹿児島、熊本、高松などの地方大都市にもプロ野球球団をエクスパンション(拡張)しても繁栄は間違いない。そうした人気のサービス産業を拡大したほうが、地域経済のテコ入れとなる。ひいては、日本の経済を大きく活性化するメリットがあるのは、誰にでもわかることである。

「座」の経済――新規参入を阻害し、小成に甘んじる

しかし、日本のプロ野球は中世の「座」(同業者組合)のような協約を勝手につくり、エクスパンション、つまりは新規参入を阻んでいる。カルテルのようなものだが、それは社会的に、問題にされたこともない。議論されることすらない。

プロ野球球団側からすると、エクスパンションなどをやると競争が激しくなり、楽をできなくなる、と思っているようだ。

いまのプロ野球ビジネスは、織田信長、豊臣秀吉の「楽市楽座」という中世の特権商人潰し以前の「座」の経済をやっているようなものだ。「巨人座」、「阪神座」、「中日座」、とみたらわかりやすい。

歌舞伎では、「歌舞伎十八番」というが、プロ野球のエースナンバーも18番であり、日本のビジネスは何をやっても「座」の経済になるのかもしれない。さすがに、歌舞伎のように「二代目長嶋茂雄」、「二代目王貞治」といった世襲がないのは違う点だが――。

日本のプロ野球は、月曜、金曜が休みとなっている。楽だが、それではビジネスがエクスパンションしない。選手への報酬もアメリカのメジャーのようには払えない。お客が見たいときにゲームがない。土曜日、日曜日に、三越や伊勢丹、ディズニーランドが休んでいるようなものである。

最近では、東京など首都圏では、プロ野球のTV中継はほとんどなくなってきている。どうやら若者向きのスポーツではなくなっているとのことだ。新規参入を認めず、競争をしないのだから、新陳代謝がなく、小成に甘んじた経済にならざるをえない。

「日本に景気テコ入れのカードはない――」、という発言は思考停止

アメリカのメジャーが毎日ゲームをやり、選手を交代で休ませているのと対照的である。メジャーでは、その代わり、プレーヤーには、巨額の報酬を払い、引退後には凄い年金も払っている。世界中から、自信と実力のあるプレーヤーがメジャーに集まってくるのは、経済のシステムがしっかり構築されているからだ。繁栄の循環がつくられている。
 
わかりやすいので、プロ野球の例えをとったが、実は、あらゆる業界が同じである。

TV業界なども同じだ。繁栄しているのにチャンネルを独占し、新規参入を許さない。これでは、内需経済を掘り起こして、拡大できない。

いつまでもアメリカ頼りの外需依存の経済に甘んじるしかない。いつまで、外需という他人の懐を当てにする経済で行くのか。いま、アメリカの経済が一頓挫を迎えている。「アメリカさん、せいぜい頑張って」。そうした甘えた姿勢や発言しかない。

「内需を掘り起こす手立てはない――」、「日本には景気テコ入れのカードがない――」。日本では、そうした無為無策ばかりが語られている。・・・、まるで思考停止、実はそんなことはないのである。

「護送船団」「業者保護」~競争のない資本主義はダイナミズムを殺す

「最も成功に縁遠い資本主義国」=ニッポン

1980年代、日本の資本主義は「最も成功した社会主義国」と言われたものである。

「ニッポン株式会社」ーー、監督官庁(官僚)が指導し、民間の各産業は、護送船団方式で本気の競争をしない。“市場棲み分け”の資本主義で、みんなが少しずつウィンウィンでハッピーと言われたものである。

銀行、ゼネコン業界などが典型だが、どの業界も行政指導がキメ細かく行き渡り、横並びの商品・価格で、つまりは「談合体質」でやっている。業界順位も、ほとんど変わらない。本質的な競争をしていないのだから、よほどのヘマをしない限り業界順位は変わりようもない。それが「ニッポン株式会社」だった。

いま、日本の資本主義は。「最も成功に縁遠い資本主義国」と言われている。失礼、正しくは、私が言っているだけか。「縁」がある、「縁」がない、にも理由があるわけである。

また再び、夢よ、もう一度で、「最も成功した社会主義国」というベクトルに戻ろうとしているからである。

日本の資本主義は、再び、競争をしない資本主義に戻ってしまっている。アメリカのサブプライムローン問題が表面化したら、日本では「ノンリコースローン」が事実上禁止されてしまった。「ノンリコースローン」では、担保が不足したとき、銀行など貸し手が不利益になるから禁止というのである。つまり、「業者保護」というわけである。

この「ノンリコースローン」規制で、結果、日本国内の不動産、住宅関連が壊滅的不景気に落ち込んでしまっている。

「業者保護」は資本主義のダイナミズムを殺す

「ノンリコースローン」とは、銀行など貸し手側がリスクを取った融資である。貸し手側が、当初設定した担保しか取らないのが「ノンリコースローン」である。

貸し手側が、競争して、借り手にローン商品を売っているのだから、横並びの金融商品ではない。貸し手が、借り手に、それぞれのローン商品を提示し、借り手はそれを選んでローン商品を購入する。

日本のローンのように、増し担保、連帯保証人、生命保険加入などは必要ない。借り手がローンを支払えなくなったら、貸し手が、当初、設定した担保を、貸し手に差し出せばそれでよい。アメリカではそうした「ノンリコースローン」が当たり前である。

日本ではそれは当たり前ではない。日本の資本主義では、業者間の自由な競争が阻害されている。「業者保護」で、競争がない。そう、あの監督官庁が指導する護送船団方式がそっくり復活している。

「業者保護」では、本気の競争がないのだから、資本主義の要諦である競争によるダイナミズム(新陳代謝)が阻害されることになる。競争がないのは、業者にとっては、かなり心地よい状態になる。しかし、競争によるダイナミズムがなければ、グローバルな競争では、どんどん置いていかれるばかりになる。

あの不動産バブル崩壊後の銀行救済では、預金者への支払い金利はゼロにされ、公的資金(税金)を注入して、業者保護が貫かれた。いわば、「究極の業者保護」政策だった。

不動産バブル崩壊という「第二の敗戦」で貫かれたのは、「業者保護」という「国体護持」だったのではないか。いわば、ニッポン株式会社の骨盤が護持されたことになる。

日本の資本主義が、「最も成功に縁遠い資本主義国」になったのは、不動産バブル崩壊後の政策転換に失敗したからである。このことは誰も言わないが、決して忘れてはならないことである。

プロフィール

小倉正男(おぐら・まさお) 評論家 早稲田大学卒業後、71年東洋経済新報社入社、記者・編集者、企業情報部長、金融証券部長、編集局次長、名古屋支社長・中部経済倶楽部専務理事などを歴任。07年共同PR名古屋支社長。著書に「M&A資本主義」「倒れない経営」「トヨタとイトーヨーカ堂」「日本の時短革命」「第四次産業の衝撃」など多数。

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