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	<title>正木彰夫の「蓄資道 貯道流 家元　おカネ講義」</title>
	<link>http://kotonoha-media.com/blog/masaki</link>
	<description>トップＦＰが教えるおカネの貯め方・使い方</description>
	<pubDate>Sat, 19 Jul 2008 09:57:50 +0000</pubDate>
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		<title>2020年問題の当事者として～団塊世代は老後の不足資金をどう補うのか</title>
		<link>http://kotonoha-media.com/blog/masaki/archives/10</link>
		<comments>http://kotonoha-media.com/blog/masaki/archives/10#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 19 Jul 2008 09:54:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[Uncategorized]]></category>

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		<description><![CDATA[
岩戸景気（いわとけいき）を上回った長期景気回復も、実感がないままに終焉してしまった。これから予測できるのは、景気後退とインフレという最悪のパターンの幕開けという恐怖時代だ。

そんな状況の反映なのか、個人の金融資産は定期性預金へと向かっているようだ。日本人の危機管理能力が優れていると観るべきなのだろうか？ある調査結果によれば、2007年の団塊世代の退職金は、概算15兆円で、その80％以上がご近所の金融機関の預金に振り向けられているそうだ。将来の不安への備えとして、リスクをとらずに安全性第一と考えて、このような資産配分にしているのだろう。だがそれが本当の意味での“備え”といえるのだろ言うか？？

団塊世代の一人として、日本の人口動態変化、すなわち2020年問題を心配せずにはいられない。2020年問題とは、高齢者を支える若年世代の比率が2対1になってしまうということである。世界の人口が急激に増加する中で日本の人口は減少し、しかも高齢者比率は増加するという極端なアンバランスな社会構造になってしまうということだ。
 
戦後の物資欠乏時代に生まれ、高度成長の流れの中で必死に働き、総中流社会を築き、先人達の生活の安定のためにせっせと年金を払い続けた世代が　あと12年後にお金欠乏時代に直面するとしたら、なんとむなしい人生だろう？生活を維持する手段として年金に頼れないと仮定すると、不足するお金をどのようにして補うのだろうか？　

解決の方法は何通りかある。

① 少しぐらいの蓄えを当てにせず、定年後もせっせと働く＝収入を増やす

②生活水準の見直しをして支出を減らす

③現在ある資産の有効活用を考える

残念ながらこのぐらいしか我々の選択できる手段はない。次回から具体的手段について説明してゆこう。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
岩戸景気（いわとけいき）を上回った長期景気回復も、実感がないままに終焉してしまった。これから予測できるのは、景気後退とインフレという最悪のパターンの幕開けという恐怖時代だ。<br />
<br />
そんな状況の反映なのか、個人の金融資産は定期性預金へと向かっているようだ。日本人の危機管理能力が優れていると観るべきなのだろうか？ある調査結果によれば、<font face="Century">2007</font>年の団塊世代の退職金は、概算<font face="Century">15</font>兆円で、その<font face="Century">80</font>％以上がご近所の金融機関の預金に振り向けられているそうだ。将来の不安への備えとして、リスクをとらずに安全性第一と考えて、このような資産配分にしているのだろう。だがそれが本当の意味での“備え”といえるのだろ言うか？？<br />
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団塊世代の一人として、日本の人口動態変化、すなわち<font face="Century">2020</font>年問題を心配せずにはいられない。<font face="Century">2020</font>年問題とは、高齢者を支える若年世代の比率が<font face="Century">2</font>対<font face="Century">1</font>になってしまうということである。世界の人口が急激に増加する中で日本の人口は減少し、しかも高齢者比率は増加するという極端なアンバランスな社会構造になってしまうということだ。<br />
<font face="Century"> </font><br />
戦後の物資欠乏時代に生まれ、高度成長の流れの中で必死に働き、総中流社会を築き、先人達の生活の安定のためにせっせと年金を払い続けた世代が　あと<font face="Century">12</font>年後にお金欠乏時代に直面するとしたら、なんとむなしい人生だろう？生活を維持する手段として年金に頼れないと仮定すると、不足するお金をどのようにして補うのだろうか？　<br />
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解決の方法は何通りかある。<br />
<br />
<font face="Century">①</font> 少しぐらいの蓄えを当てにせず、定年後もせっせと働く＝収入を増やす<br />
<br />
<font face="Century">②</font>生活水準の見直しをして支出を減らす<br />
<br />
<font face="Century">③</font>現在ある資産の有効活用を考える<br />
<br />
残念ながらこのぐらいしか我々の選択できる手段はない。次回から具体的手段について説明してゆこう。</p>
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		<title>靴磨きで金銭教育？　社会貢献？～アメリカの子どもたちが体験するお金の躾</title>
		<link>http://kotonoha-media.com/blog/masaki/archives/7</link>
		<comments>http://kotonoha-media.com/blog/masaki/archives/7#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 03 Jul 2008 10:29:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[Uncategorized]]></category>

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		<description><![CDATA[
トレーディングフロアに現れた“ちびっ子靴磨き” 

子どもに靴磨きの仕事をさせる？　モンスターペアレントが聞いたら失神しそうなお話です。

少し昔の話ですが、私が米系証券会社で働いていたある夏の日の出来事です。午前中の仕事が一段落する午前11時ころ、布の袋を片手に持った12～13歳ぐらいの外国人の子どもたちが数人、トレーディングフロアに現れました。

Ｔシャツにジーンズ姿の子どもが私のところにやってきて「ミスター、靴を磨かせてください」と声を掛けてきました。「君はだれだい？　誰の許可をもらってここに入ってきたの？　なんで靴磨きをするの？」と私は尋ねます。
 
「僕らはアメリカンスクールの生徒です。夏休みの学校実習で、お父さんが社長さんに許可をもらってくれたんです」。「お父さん？誰の子どもなの？」。名前を聞いてビックリしました、なんと私のボスの子どもだったのです。

「わかったよ。それじゃあ頼もうかな、ところで幾らなの？」。「ミスター、一足3ドルだよ」。彼はおもむろに布袋から靴を載せる台、靴墨、布の三点セットを取り出して、私のデスクの横のゴミ箱に腰掛けて、靴磨きを始めました。

 働いてお金を手にするという経験 

「この靴磨きは君の夏休みのアルバイトなの？」。「違うよ、みんなで働いたお金は全部教会に渡すんだよ」。周囲を見渡すと、仲間の子どもたちも一生懸命靴磨きをしています。

同世代の子どもを持つ親として、彼らの手伝いをしたいと思い、彼に4ドル渡しました。「3ドルは靴磨き代だよ、あとの1ドルは君へのチップだよ。大切な夏休みに働いたご褒美だよ」。「サンキュー、ミスター」。彼は3ドルを右のポケットに、1ドルは左のポケットにしまいました。

其の日は夕方まで、フロアーのあちこちで“ちびっ子靴磨き”の姿が見受けられました。なぜお金に困っていない子どもたちが靴磨きの実習をするのだろう？　という疑問が頭から離れないので、後日ボスに尋ねました。

「ああ、あの靴磨きか、あの活動はもう何年も前から学校と教会が一緒にやっていることだよ。集まったお金は教会に寄付するんだよ、ボランティアだね」。

「靴磨きはとても良い教育なんだよ、仕上がりが多少悪くても子どもの仕事だと割り切ってくれるし、労働と報酬を勉強できるからね。また一人ではなく皆で活動する喜びも勉強できるからね。一番の目的は、働いてお金を手にするという実感を体験させることさ」。

 社会貢献を実感する金銭教育という躾 

この話には続きがありました。

夏休みが終わったある日、教会の神父さんが学校へやってきて、こう言いました。「皆さんが夏休みに靴磨きで集めてくれたお金は、教会を通して皆さんのお友たちにお渡ししました。経済的事情で学校に行けない子供たちがたくさんいます。皆さんの行為は社会に貢献するというとても気高いことなのです。恵まれない子どもたちにかわって、私からお礼を言います」。

その後、ボスが私を彼の部屋に呼びました。「正木君が私の子どもにチップとして渡してくれた1ドルのことだが、あらためてお礼を言うよ。あの1ドルは彼がサービスの対価として、自分で手に入れた初めてのお金だったんだよ」。

そうだったのか。ひとつの行為の裏側に子どもたちへの健全な金銭教育という大切な躾が隠されていたのか。

決められたカリキュラムを消化するだけの学校と先生、点取り虫を養成することに重点をおく親たち、無関心な地域社会。子どもたちへの教育をもっと血の通ったものに見直していこう、そうしたことをこの出来事が教えてくれたのです。
 
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
<strong>トレーディングフロアに現れた“ちびっ子靴磨き”<font face="Century"> </font></strong><br />
<br />
子どもに靴磨きの仕事をさせる？　モンスターペアレントが聞いたら失神しそうなお話です。<br />
<br />
少し昔の話ですが、私が米系証券会社で働いていたある夏の日の出来事です。午前中の仕事が一段落する午前<font face="Century">11</font>時ころ、布の袋を片手に持った<font face="Century">12</font>～<font face="Century">13</font>歳ぐらいの外国人の子どもたちが数人、トレーディングフロアに現れました。<br />
<br />
Ｔシャツにジーンズ姿の子どもが私のところにやってきて「ミスター、靴を磨かせてください」と声を掛けてきました。「君はだれだい？　誰の許可をもらってここに入ってきたの？　なんで靴磨きをするの？」と私は尋ねます。<br />
<font face="Century"> </font><br />
「僕らはアメリカンスクールの生徒です。夏休みの学校実習で、お父さんが社長さんに許可をもらってくれたんです」。「お父さん？誰の子どもなの？」。名前を聞いてビックリしました、なんと私のボスの子どもだったのです。<br />
<br />
「わかったよ。それじゃあ頼もうかな、ところで幾らなの？」。「ミスター、一足<font face="Century">3</font>ドルだよ」。彼はおもむろに布袋から靴を載せる台、靴墨、布の三点セットを取り出して、私のデスクの横のゴミ箱に腰掛けて、靴磨きを始めました。<br />
<br />
<strong> 働いてお金を手にするという経験</strong><font face="Century"> </font><br />
<br />
「この靴磨きは君の夏休みのアルバイトなの？」。「違うよ、みんなで働いたお金は全部教会に渡すんだよ」。周囲を見渡すと、仲間の子どもたちも一生懸命靴磨きをしています。<br />
<br />
同世代の子どもを持つ親として、彼らの手伝いをしたいと思い、彼に<font face="Century">4</font>ドル渡しました。「<font face="Century">3</font>ドルは靴磨き代だよ、あとの<font face="Century">1</font>ドルは君へのチップだよ。大切な夏休みに働いたご褒美だよ」。「サンキュー、ミスター」。彼は<font face="Century">3</font>ドルを右のポケットに、<font face="Century">1</font>ドルは左のポケットにしまいました。<br />
<br />
其の日は夕方まで、フロアーのあちこちで“ちびっ子靴磨き”の姿が見受けられました。なぜお金に困っていない子どもたちが靴磨きの実習をするのだろう？　という疑問が頭から離れないので、後日ボスに尋ねました。<br />
<br />
「ああ、あの靴磨きか、あの活動はもう何年も前から学校と教会が一緒にやっていることだよ。集まったお金は教会に寄付するんだよ、ボランティアだね」。<br />
<br />
「靴磨きはとても良い教育なんだよ、仕上がりが多少悪くても子どもの仕事だと割り切ってくれるし、労働と報酬を勉強できるからね。また一人ではなく皆で活動する喜びも勉強できるからね。一番の目的は、働いてお金を手にするという実感を体験させることさ」。<br />
<br />
<strong> 社会貢献を実感する金銭教育という躾<font face="Century"> </font></strong><br />
<br />
この話には続きがありました。<br />
<br />
夏休みが終わったある日、教会の神父さんが学校へやってきて、こう言いました。「皆さんが夏休みに靴磨きで集めてくれたお金は、教会を通して皆さんのお友たちにお渡ししました。経済的事情で学校に行けない子供たちがたくさんいます。皆さんの行為は社会に貢献するというとても気高いことなのです。恵まれない子どもたちにかわって、私からお礼を言います」。<br />
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その後、ボスが私を彼の部屋に呼びました。「正木君が私の子どもにチップとして渡してくれた<font face="Century">1</font>ドルのことだが、あらためてお礼を言うよ。あの<font face="Century">1</font>ドルは彼がサービスの対価として、自分で手に入れた初めてのお金だったんだよ」。<br />
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そうだったのか。ひとつの行為の裏側に子どもたちへの健全な金銭教育という大切な躾が隠されていたのか。<br />
<br />
決められたカリキュラムを消化するだけの学校と先生、点取り虫を養成することに重点をおく親たち、無関心な地域社会。子どもたちへの教育をもっと血の通ったものに見直していこう、そうしたことをこの出来事が教えてくれたのです。<br />
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		<item>
		<title>自由を満喫したセカンドライフを～団塊世代の幸せなお金の使い方</title>
		<link>http://kotonoha-media.com/blog/masaki/archives/5</link>
		<comments>http://kotonoha-media.com/blog/masaki/archives/5#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 12 May 2008 10:59:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
		
		<category><![CDATA[Uncategorized]]></category>

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		<description><![CDATA[
不安と折り合う生き方を探す

　不安を持ち、これからの人生を警戒している――。セカンドライフを前に、団塊の世代でこうした心境の人が多いようです。当然かもしれません。
　この世代の大半は、男性はサラリーマンとなり、ジョセイハシュフとなり、収入の獲得や生き方をある程度、他者にゆだねてきました。それは楽なことで、悪い選択ではありません。言い換えれば、個人と家族、そして会社および社会が、それぞれの人生の中でひとつの基盤となっていたのです。
　ところが、団塊の世代の多くはこれから先、このつながりから解き放たれ、自ら独立して人生を過ごすことになります。何をすればいいのか戸惑うのも当然でしょう。先が見えない。やりたいものが見つからない。指針がない。こうした不安が押し寄せます。
　先行きの不安をなくすことはできません。未来は誰にも分かりませんから。しかし、不安を折り合いをつけて、バランスを保ちながら人生を送ることはできます。
　私は今６１歳です。お客さまにも恵まれて、金融・運用のアドバイザーとして活動しています。そのため、そういった不安と折り合いをつけることが次第にできるようになってきました。ご参考になればと思い、私の心の動きをお話しましょう。
　私はある外資系証券会社の執行役員でした。退職して肩書きがなくなると、自分が小さくなった錯覚にとらわれたのです。サラリーマンは会社での地位が社会での存在の大きさと重なる例が多いですから。そして、「やり遂げた」という満足感のない退職で、もやもやした気持ちも残りました。また仕事の先行きやお金の不安もあったのです。
　ただ、それは次第に変わりました。それはセカンドライフのメリット、特にあらゆる物事を自分で決められる自由さを、満喫できるようになったためです。
　まず「時間をすべて自由に使える」という喜びをかみしめました。これまでは会社や家族など、他者のために時間を割いてきましたが、今では自分のしたいことだけに使えます。この贅沢は何ものにもかえがたいものでした。
　そして組織に束縛されない自由は快いものでした。「会社の肩書」と「本当の自分」はまったく別であると、時間がたつにつれて実感できたのです。会社の肩書は、会社内部の役割にすぎません。
　人間関係の新しい発見もありました。団塊の世代は「競争世代」でもあるので、他人と自分を比べる傾向がありました。人脈も同世代と同じ組織に限定されがちです。ところが、新しいことや面白い発想は、別の世代とのつながりの中からしか生まれません。
　私より年若い世代の皆さんは、今の社会の情報がある一方で、年長者の経験を必要としています。足りないところを補い合える仲間が、仕事でも遊びでも生まれました。自由になることで、かつて想像もできなかった情報を得られ、また人とのつながりもできたのです。
　
最小限の準備をして挑戦を

　多くの同世代の方たちと話すと、不安感に加えて、「リタイア後にすることを見つけなければならない」と焦っている方が多いです。いきなり「見つけろ」といっても無理です。また不安を持つのは当然です。
　それよりもまず、リタイアの後の自由さと、贅沢な時間の使い方を満喫してはいかがでしょうか。その素晴らしさを感じたら、人生で残された時間の大切さが分かると思います。そして私は自分のささやかな経験を通じて感じます。「人生を恐れる必要などない」と。なんとかなるものです。
　リタイア前の準備として、自分の「有形財産」と「無形財産」を書き出しましょう。有形財産とはお金など、価値を示せる財産です。無形財産とは、知識、家族、経験、人間関係や友人など自分の内部にあるものです。「多くのことをやってきた。頑張ったな」との自信を得られるはずです。
　手持ちの財産をより豊かにすること。自分や友人の姿をみると、これが満足できるセカンドライフの生き方に結び付きます。私は証券マンとしての知識を深く掘り下げることが、今につながりました。パソコンの知識を得ようと、スクールに通い、その仲間とビジネスを始めた友人もいます。金融業界の経験を活かしながら、学生時代の夢である森の再生活動をしようと、大学院に通う友人もいます。選択肢は無限にあるのです。
　お金は人生の道具にすぎません。自分の資産一覧と、キャッシュフロー表を作った上で、老後にしたいことがあるならその必要金額を見極める。その手当てをしてください。生きるだけなら、今の日本ではなんとかなります。世帯主が６５歳になれば、夫婦で２３万円ぐらいの年金を受け取れますし、６０歳以上でも働く場はそれなりにあります。
　必要最小限のお金の手当をして、安全を確保した上で、いろいろなことを試すべきでしょう。私たちの人生はこれから面白くなっていくと思います。
アメリカでは「ハッピー・リタイアメント」という言葉があり、さらに５０歳前後で引退する「アーリー・リタイアメント」を喜ぶ風潮があります。日本でもそうあるべきだとは思いませんか？
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
<strong>不安と折り合う生き方を探す</strong><br />
<br />
　不安を持ち、これからの人生を警戒している――。セカンドライフを前に、団塊の世代でこうした心境の人が多いようです。当然かもしれません。<br />
　この世代の大半は、男性はサラリーマンとなり、ジョセイハシュフとなり、収入の獲得や生き方をある程度、他者にゆだねてきました。それは楽なことで、悪い選択ではありません。言い換えれば、個人と家族、そして会社および社会が、それぞれの人生の中でひとつの基盤となっていたのです。<br />
　ところが、団塊の世代の多くはこれから先、このつながりから解き放たれ、自ら独立して人生を過ごすことになります。何をすればいいのか戸惑うのも当然でしょう。先が見えない。やりたいものが見つからない。指針がない。こうした不安が押し寄せます。<br />
　先行きの不安をなくすことはできません。未来は誰にも分かりませんから。しかし、不安を折り合いをつけて、バランスを保ちながら人生を送ることはできます。<br />
　私は今６１歳です。お客さまにも恵まれて、金融・運用のアドバイザーとして活動しています。そのため、そういった不安と折り合いをつけることが次第にできるようになってきました。ご参考になればと思い、私の心の動きをお話しましょう。<br />
　私はある外資系証券会社の執行役員でした。退職して肩書きがなくなると、自分が小さくなった錯覚にとらわれたのです。サラリーマンは会社での地位が社会での存在の大きさと重なる例が多いですから。そして、「やり遂げた」という満足感のない退職で、もやもやした気持ちも残りました。また仕事の先行きやお金の不安もあったのです。<br />
　ただ、それは次第に変わりました。それはセカンドライフのメリット、特にあらゆる物事を自分で決められる自由さを、満喫できるようになったためです。<br />
　まず「時間をすべて自由に使える」という喜びをかみしめました。これまでは会社や家族など、他者のために時間を割いてきましたが、今では自分のしたいことだけに使えます。この贅沢は何ものにもかえがたいものでした。<br />
　そして組織に束縛されない自由は快いものでした。「会社の肩書」と「本当の自分」はまったく別であると、時間がたつにつれて実感できたのです。会社の肩書は、会社内部の役割にすぎません。<br />
　人間関係の新しい発見もありました。団塊の世代は「競争世代」でもあるので、他人と自分を比べる傾向がありました。人脈も同世代と同じ組織に限定されがちです。ところが、新しいことや面白い発想は、別の世代とのつながりの中からしか生まれません。<br />
　私より年若い世代の皆さんは、今の社会の情報がある一方で、年長者の経験を必要としています。足りないところを補い合える仲間が、仕事でも遊びでも生まれました。自由になることで、かつて想像もできなかった情報を得られ、また人とのつながりもできたのです。<br />
　<br />
<strong>最小限の準備をして挑戦を</strong><br />
<br />
　多くの同世代の方たちと話すと、不安感に加えて、「リタイア後にすることを見つけなければならない」と焦っている方が多いです。いきなり「見つけろ」といっても無理です。また不安を持つのは当然です。<br />
　それよりもまず、リタイアの後の自由さと、贅沢な時間の使い方を満喫してはいかがでしょうか。その素晴らしさを感じたら、人生で残された時間の大切さが分かると思います。そして私は自分のささやかな経験を通じて感じます。「人生を恐れる必要などない」と。なんとかなるものです。<br />
　リタイア前の準備として、自分の「有形財産」と「無形財産」を書き出しましょう。有形財産とはお金など、価値を示せる財産です。無形財産とは、知識、家族、経験、人間関係や友人など自分の内部にあるものです。「多くのことをやってきた。頑張ったな」との自信を得られるはずです。<br />
　手持ちの財産をより豊かにすること。自分や友人の姿をみると、これが満足できるセカンドライフの生き方に結び付きます。私は証券マンとしての知識を深く掘り下げることが、今につながりました。パソコンの知識を得ようと、スクールに通い、その仲間とビジネスを始めた友人もいます。金融業界の経験を活かしながら、学生時代の夢である森の再生活動をしようと、大学院に通う友人もいます。選択肢は無限にあるのです。<br />
　お金は人生の道具にすぎません。自分の資産一覧と、キャッシュフロー表を作った上で、老後にしたいことがあるならその必要金額を見極める。その手当てをしてください。生きるだけなら、今の日本ではなんとかなります。世帯主が６５歳になれば、夫婦で２３万円ぐらいの年金を受け取れますし、６０歳以上でも働く場はそれなりにあります。<br />
　必要最小限のお金の手当をして、安全を確保した上で、いろいろなことを試すべきでしょう。私たちの人生はこれから面白くなっていくと思います。<br />
アメリカでは「ハッピー・リタイアメント」という言葉があり、さらに５０歳前後で引退する「アーリー・リタイアメント」を喜ぶ風潮があります。日本でもそうあるべきだとは思いませんか？</p>
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