泉谷裕の「経営を誘導する管理制度」

「情報化マトリックス経営」を実現する管理会計の発想法

企業経営と為替変動リスク~グループ内の取引は「コスト通貨建て」で行おう

企業活動がグローバルになっている以上、為替の変動リスクは避けられない。わが国では以前は外国為替管理法によって貿易は標準決済を求められていた(標準外決済は個別に政府の承認を要した・・・1980年に改正)。

標準決済はハードカレンシー(国際決済通貨)によらなければならず、日本の貿易の大半は国際通貨の中心であるUSドルが用いられていた。この経過から現在も日本の輸出輸入ともUSドルを多く用いている。これに対してドイツは貿易相手国がヨーロッパ諸国の占める割合が多いことと、ドイツの経済力が強かったこともあって、伝統的にドイツマルクを貿易に使用している。

輸出の自国通貨比率
日本       ドイツ(西ドイツ)
1970年 0,9%   1970年代  80%
2001年 35%    2002年  49%
2007年 38%    2005年  61%
(週間東洋経済 2008年11月15日号 野村證券資料より)

日本の貿易も1970年当時と比べると自国通貨建ての比率は多くなってきており、為替レートの変動に対する耐久力は強くなってきた。しかしドイツに比べるとまだまだ輸出に使われる自国通貨の比率は低く、為替レートの影響は相対的に大きい。

企業は為替対策として、現地生産、為替予約、資金調達と資材調達の多様化に努めなければならないが、それに加えて、貿易の決済方法を多様化し、円建ての価格や円クローズ契約をより一層すすめなければならない。

企業経営と為替変動リスク

経済活動がグローバル化する中で、多くの製品は複数の国や地域のいくつもの企業の手をへて素材から完成品になる。

そうした国や地域をまたがる過程で、何らかの形で為替変動のリスクに晒される。この影響は消費者やサプライチェーンに関わる各企業が負わなければならない。そして時には生産地を変える必要性を迫られたり、その事業の撤退に至ったり、あるいは消費者に負担を強いるときもある。しかし短期的にはサプライチェーンのなかで、弱い立場のものが比較的多くの負担を強いられている。

勿論、各企業は為替の変動などの外部環境変化に対してのさまざまな諸策を講じ、抜本的なコストダウン策を企画実行して企業体質の変革を促進し、短期長期に対応しなければならない。しかしながらこのような為替の変動がなくても企業は常にコストを低減するため最大限努力しており、為替の変動があったからといって急にコスト引き下げをできるものではない。

したがって、サプライチェーンの一つの段階の企業だけが為替変動のリスクを負担するのではなく、リスクを分担し、公平な負担を負うことで、サプライチェーン全体として新しい製品やサービスを生み出すための価値を創出し続けていかねばならない。

為替変動時の価格政策の重要性

日頃から長期的に為替変動に影響されない企業体質や体制を作って対応しなければならないことは言うまでもない。しかしながら為替の変動は短期的に発生し、サプライチェーンの各段階での為替変動による影響の負担はかたよる。

企業は赤字のままでは継続できないし、再投資できない状況を長期にわたって継続できない。何らかの対策を講じてなければその製品の事業の継続ができなくなり、顧客に対する責任を放棄することにも繋がりかねない。

そこでコストの引き下げが出来ない以上は、価格の是正も行わなければならないが、実質価格の是正は双方の取引者間では利害が反する。コスト通貨が高くなる場合に現地通貨での値上げは購入者の負担が増加し、購入者は価格調整に抵抗するであろう。さらに市場には常にその当事者だけが存在しているわけでなく、競争関係がある。競争者のコストが低ければ、あるいは競争者が自己の利益を減少してでも市場の占有率を重視する政策を採れば値上げに消極的になり、市場価格は上がらない。

コスト通貨が下がっている場合は、もし購入者国の通貨での価格を放置すれば競争者の価格政策よっては市場シェアをとられるであろう。従って顧客の対応や競争者の動きをよく見ながら適切な対応をしなければならない。

グループ内の取引はコスト通貨で行う

事業をグローバルに展開していくなかで海外需要に対応するためには、大別すると以下の5つがある。(商社経由を除く)
 
①    国内で生産して海外の顧客に直接輸出する
②    国内で生産して海外に設置した販売子会社を経由して販売する
③    海外生産会社に国内で生産した半製品を供給して海外生産会社が完成品まで仕上げたものを直接販売する
④    海外生産会社が生産したものを国内に輸入して販売する
⑤    海外生産会社が海外販売子会社を経由して販売する 

①を除くと企業グループ内でのクロスボーダーの取引である。製品の種類が多くかつ一点一点の価格が安い場合は、個別の価格改定は日常的には対応できないので、生産会社から販売会社間の取引はコスト通貨建てで行うことが望ましい。

コスト通貨は生産会社の所在地国通貨を指すとは限らない。例えばタイの生産会社がアメリカの販売会社経由で販売する場合は、タイ生産会社のコスト通貨は原則タイバーツである。しかし、タイの原価に占めるコストが、日本からの輸入原材料や日本からの輸入機械装置で生産する比重が大きいときは円がコスト通貨になる。

このようにすると、海外販売子会社は、顧客向けの販売が販売地国通貨で、輸入が生産会社国のコスト通貨となり、為替変動のリスクに晒されることになる。したがって販売子会社は為替変動に敏感にならざるをえない。為替変動に敏感になると価格調整をふくめて市場の状況の情報を適切に把握し、必要部門に報告したりして、タイムリーな行動につながる。

これに対して海外販売子会社との取引を販売国の通貨建で行っていると、海外販売子会社は生産国通貨の為替レートが上がって、生産部門の収益が悪化しても対応が遅くなったり、顧客の好まない価格改定を行うことを躊躇する。

一方、顧客に対する価格改定交渉は市場価格から遊離するわけにはいかない。競争者のコストは必ずしも自社と同じとは限らないし、上述のように販売政策上、自社の利益を犠牲にして価格調整に入らないこともある。そこで顧客への価格改定が十分に出来ない時や市場政策上、価格調整が行わない時は、市場状況をすみやかに把握し、事業部や生産部門に対してその情報を発信しなければならない。そして価格政策や根本的な事業の見直しを行い、為替変動による損失の分担を全社での対応につなげ、適正利益と市場シェアの確保を図らなければならない。

逆にコスト通貨の為替レートが下がった時には、余剰利益は速やかに顧客に適正に還元しなければならない。販売国通貨建てで取引を行っていると、販売部門は生産会社の余剰利益に気づくのが遅くなることで、価格改定がおくれ、競争者が積極的に価格改定をすると市場を失う危険がある。このように市場に一番近いところにいる販売部門が、積極的に市場状況を把握し、行動につなげる仕組みが必要である。

販売価格の建値の通貨は市場と顧客との関係で決まる

グループ内の生産者と海外販売子会社との間の建値は、コスト通貨で行うのを薦めるが、顧客との間の建値がコスト通貨になるとは限らない。これは顧客との交渉ごとであり、受け入れられるとは限らないし、市場政策上、得策になるとは限らない。ここで建値をコスト通貨にするというのは、あくまでグループ内のことである。

グループ内建値をコスト通貨にするのは、グループ内の経営管理手法であって、市場に近い海外販売子会社が為替の変動リスクに晒され、為替の動向に敏感になることで、日常の価格政策に細心の注意が払われるようにするためである。そうすることで販売子会社は為替変動リスクを日頃から回避しようと努力するようになる。

すなわち価格見積りの有効期限の明示なり、顧客にコスト通貨建て、もしくは為替クローズ(一定の範囲で為替変動に合わせて販売価格の改定をする)契約を受け入れてもらう交渉を日常的に行う。当然、顧客は簡単にはコスト通貨建てを受け入れないであろう。しかし他の競争条件である価格や品質、デリバリーなどを考慮して、コスト通貨条件を受け入れてくれる可能性もある。とりわけコスト通貨の為替レートが安くなる時は受け入れられ、為替レートが高くなるときの対策となる。
 

プロフィール

泉谷裕(いずみたに・ひろし)村田製作所前代表取締役副社長  神戸大学卒業後、1958年村田製作所入社、取締役経理部長、常務取締役、専務取締役を経て、1995年代表取締役副社長。2003年同社常任顧問。著書の「利益が見えれば会社がわかる」で日経BP図書出版賞を受賞。野村総合研究所、住友ゴム工業社外監査役。日本CFO協会理事。

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