長谷川博和の「ベンチャーファイナンスと起業戦略」

トップベンチャーキャピタリストからの提言

日本で必要とされるベンチャーキャピタリストの能力とは?

ベンチャーキャピタルの規律について、自己規律が重要で、過度な規制は必要ない、という趣旨を述べてきたが、その一方で、GPとしてのベンチャーキャピタリストの倫理感及び育成能力を高めていくことも必須である。

特にベンチャーキャピタリストのベンチャー企業を支援する機能や手法は、欧米のものと同じで、単に欧米の数年遅れで同じ過程を辿るものなのか、それとも日本のおかれている環境や風土に対応して、異なる過程を辿っていくものなのかについても今後の課題である。

1990年代後半に日本に進出してきた有名な欧米のベンチャーキャピタルがわずか数年で行き詰まり、日本から撤退している事実からしても、必ずしも欧米流の支援機能をそのまま適用しても日本のベンチャー企業はうまくいかないということを示唆している。

こうしたことの理由は、日本のベンチャー企業の後進性だけではなく、日本の各種風土や税制・人事制度などの違いがもたらすベンチャーキャピタルの付加価値活動の独自性に起因していると思われる。

そのポイントには、①何らかのイノベーションをともなって急成長するベンチャー企業の絶対数が少ないこと、②未公開株式に対する資本市場や制度の歴史が浅く、いまだ未成熟であること、③ベンチャー企業の成長を支援する法律事務所、会計事務所、経営コンサルティング、ヘッドハンティング会社などの周辺サービスが不足していること、④エンジェルやベンチャーキャピタルなどの直接金融の仕組みが不十分で、成長初期段階での資金が調達しにくいこと、などが考えられる。

それに加えて、日本のベンチャーキャピタルは欧米に比べて歴史も経験も浅く、ベンチャー企業に対して適切な経営指導などの付加価値活動ができていないからパフォーマンスが悪い、という見方もある。

その点についての現時点での筆者の見方は、以下の通りである。

日本の従来型企業に対する支援においては、欧米の支援に比べて営業支援機能がより重視されるべきである。これは、日本のベンチャー企業の製品を積極的に購入する意識が、大企業や政府自治体に加えて個人消費者も欧米と比べて低いためである。商品の選別眼・評価能力がまだ低く、同じ製品、サービスを購入するので あれば、知名度の高い大企業の製品・サービスを購入する傾向が欧米に比べて高い。また、系列企業のグループ内取引比率も依然として高い。

いくら品質・価格・サービスの点で優位性のある商品でも、ベンチャー企業が取引を始めるに当たっては、「口座開設」が難しく、取引が開始できないことが多い。その ため、欧米では考えられないほどの「暗黙的な取引規制」が働き、それを打ち破れずに伸び悩むベンチャー企業が多いのが実態である。

これを打破する意味で、 ベンチャーキャピタルが大手企業や主要な個人消費者へのアプローチを支援し、「口座開設」を容易にしていく営業支援機能が、日本のベンチャーキャピタルにはより大きく期待されているといえる。

実際に筆者の経験でも、ベンチャー企業を大企業の経営陣と引き合わせてベンチャー企業の自社商品を説明する 機会を設定すると同時に、熱心に採用を推奨することで営業提携、共同研究提携、資本提携などが実現した事例が多くある。それまで「門前払い」の扱いをされていたベンチャー企業がよみがえった例もある。

加えて、日本のハイテク型ベンチャー企業の場合には、人材機能が欧米に比べて重要である。

欧米の場合にはベンチャー企業に対する社会的な尊敬、理解が進んでいる。欧米では、多くの優秀な人材が自分の能力を存分に発揮できる場所を求めて大企業や政府自治体からベンチャー企業に飛び込み、自己実現を図り、さらに株式公開した暁には億万長者になり、また次のベンチャー企業を創業したり、転職していくという好循環が生じている。

日本の場合には、このような人材の好循環が働いておらず、人材調達は非常に困難である。とくにバイオテクノロジー、ナノ テクノロジー、ITなどのハイテク産業の場合、専門的な技能をもった専門家の採用が不可欠であるが、日本のベンチャー企業にはヘッドハンティング会社に依頼しても、専門家の調達は最先端領域ほど難しい。

そこでベンチャーキャピタルが業界での人脈を生かして適切な人材を紹介するとともに、ベンチャー企業で働 くことのリスクとリターンを整理して示すことで、人材調達のハードルを低くすることが求められている。

また、時には会社幹部の適任性を判断し、幹部の入れ替えなどを取締役会に進言することも日本では重要である。ベンチャー企業においては、社長の独断で人事および組織の編成が行われていることが多 く、能力のともなわない配置をする場合も散見される。

外部者でありながらベンチャー企業の成長に貢献するベンチャーキャピタルは、中立的な立場で人事面の発言ができる。今後、日本でもベンチャー企業の活動がますます広がりをみせるなかで、ベンチャーキャピタルの人材機能はますます必要な機能となるだろう。

 さらに、精神的支援機能については、日本のレイターステージだけでなくアーリーステージにおいても、欧米に比べてはるかに重要性が高いことも大事なポイントである。

これは欧米においては起業家が創業する前に、大学や大学院でベンチャービジネスやビジネスプランの作成教育を受けたり、実体験としても大企業のなかで新規事業運営や子会社経営を経験したりすることができるのに比べて、日本では事前準備もそこそこに、いきなり創業してしまう傾向が高いことに起因すると思われる。

たとえば、創業・ベンチャー国民フォーラムが2004年に行った起業家の国際比較調査でも、大学院進学者の起業割合は日本(技術ベンチャー 企業のみ)が17%であるのに対し、アメリカで33%、ドイツで41%、韓国でも23%と格差がある。

日本を除けば、高学歴になるほど自己の能力が高く、自主独立意識が高い。そのため、起業家になる確率が高くなるといえる。また、欧米では起業スキルを学べる経営大学院(MBA)が多く、理工系の学部を卒業し、勤務経験後に大学院で起業スキルをさらに高めるというプロセスを経て会社を設立するパターンが確立している。起業前の経験会社数も、欧米では3~4社 だが、日本と韓国は2社であり、就業意識において異なる文化がある。

欧米では、大学卒業後、自分が起業したいと考えている業種の100~200人規模の成長企業に就職して幅広い経験を積んでいく過程で、起業時の仲間とエンジェルを探し、2~3社の転職を繰り返して大学卒業後10年前後に起業すると いうのが通常のパターンである。

起業予備軍は、自己の明確なキャリアパスを描いた体験を経験してきているケースが多く、技術的にも精神的にも起業時の経営者としてのレベルは高いといえる。

そのため欧米では、アーリーステージの企業に対して、ベンチャーキャピタルの精神的な支援機能はそれほど求められないが、日本ではこのような創業前の事前経験に乏しいため、創業後に弱音を吐く経営者が多い。

その意味で日本では、ベンチャーキャピタルが欧米以上に多 くの時間を割いて経営者教育やモチベーションの維持・向上に努めなければならない。これは人材支援機能、営業支援機能においても日本のベンチャーキャピタ ルが欧米以上に機能を果たす必要が高い要因にもなっていると考えられる。

プロフィール

長谷川博和(はせがわ・ひろかず) グローバルベンチャーキャピタル代表取締役、マネージング・パートナー 中央大学卒業後、野村総合研究所、ジャフコを経て、グローバルベンチャーキャピタルを設立、代表取締役社長。運営するファンドは、日本最高級の投資パフォーマンスを達成している。著書に「MBA国際マネジメント辞典」「決定版ベンチャーキャピタリストの実務」など多数。公認会計士。早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士課程終了。学術博士(国際経営)。

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